アメリカからの発信

ケイデン法 2

子どもをファミリーバイオレンスから守る法

米国のNPO法人Center for Judicial Excellenceによると、2008年から2024年4月までに、少なくとも985人の子どもが離婚や別離する親によって殺害されたという。なぜ離婚や別離する親によって子どもが殺害されるのか、その動機は一般的には理解されていないだろう。しかし、この問題に深い理解を持つ被害者や支援団体は、ドメスティックアビューズと別離後の子どもへの被害が終わらないことを常に指摘してきた。その努力が実を結び、2022年版女性に対する暴力禁止法(VAWA)に、女性だけでなく子どもをファミリーバイオレンスから守る法律が盛り込まれた。この法律は、父親から面会交流中に殺されたペンシルバニア州の7歳の女児ケイデンの名を冠して「ケイデン法」と呼ばれている。

ケイデンとは

ケイデン父は親密な関係を利用したDVの他にも、赤の他人に対して傷害事件を起こすほど危険人物だった。ケイデン母は離別に巻き込まれた娘に矛先が向けられることを恐れ、親子面会交流には監視が必要だと家庭裁判所に訴え続けた。家裁の親権専門調査官までもがケイデン父の精神状態の危うさを指摘したが、裁判官は父親の希望を尊重し、また父は娘には暴力的ではなかったという理由で通常の父子面会の継続を命令した。最終的にケイデン父はケイデン母らに「当然の報いを受けろ」という趣旨の遺書を残し、面会交流中に娘をダンベルで撲殺し、自らも自殺を図る。ケイデン母らは裁判官が父親の暴力歴を軽視しなければ、子殺しは避けられたと主張している。明らかに父親と子どものコンタクトを優先し、事態をよく知る母親の訴えを無視した結果だからだ。

復讐

復讐心から相手(母)親が愛する子を殺して打撃を与える虐待をファイリサイド(filicide)と呼び、Myersらは研究している。ケイデンに対して身体的暴力はなかったが、ケイデン父は離別後にケイデン母に対する脅しをエスカレートさせ、危険な兆候が色々あった。しかし家庭裁判所は、離婚後の子どもの利益は両親との頻繁な関わりにあるとし、虐待などを明らかにすることは子どもの福祉に反するとしている。この方針は文化となっている。母(親)が子どもを虐待から守ろうとすれば、裁判所は子どもの福祉を考えない母親だと罰し、母子関係を引き裂き、時には親権までもが奪われる。ケイデン母は娘の死を無駄にしないためにも、政治的支持や賛同を募り、子どもをファミリーバイオレンスから守るための「ケイデン法」の施行を達成させた。

ケイデン法の前文

ケイデン法の前文にはドメスティックアビューズによる子殺し事件の統計数や、母親が主張する父から子どもへの身体的又は性的虐待主張を家庭裁判所が信じることは25%未満であること、これらの虐待の主張を父親が母親による片親疎外だと反論すると、裁判所は母親の主張をほとんど信じないことも明記されている。また、虐待の主張の50%から70%は信憑性があることが実証されていることから、家庭裁判所は子どもの安全やその主張を適切に判断することが重要だとも書かれている。

ケイデン法の重要なポイント

1.親権や監護、面会交流などの決定に際しては、ドメスティックアビューズや子ども虐待に詳しい専門家の意見を参考にすること。

2.科学的に根拠のない親子再統合キャンプやセラピーを強制することを禁止。

3.裁判官や裁判所職員に対して、エビデンスに基づいたドメスティックアビューズの継続的な訓練を行うこと。

4.親権や面会の取り決めには、過去のドメスティックバイオレンスや子どもへの虐待に関する証拠を十分に考慮すること。

ケイデン法の進捗状況

2023年、コロラド州で初めてケイデン法が施行された。その後、カリフォルニア州では父親によって殺された男の子の名前を冠したPiqui法が施行されている。ピキもケイデン同様、母親の申し立てにも関わらず、危険な父親との親子面会が家庭裁判所から命令され、父親から殺されて砂漠に数カ月放置されている。この事件も身体的虐待はあまり受けていなかったものの、離婚や親権、面会の争いにおいてピキ父がピキ母に対する復讐を行うドメスティックアビューズのケースだった。

ピキ法は、裁判所が片親疎外治療の一環として親子を再統合させるセラピーキャンプに子どもを送ることを法的に禁止した。同様に、ケイデンの故郷であるペンシルバニア州でも、家庭裁判所が虐待リスクを認めた場合、監督付き面会を義務付けるケイデン法が可決される。また、ユタ州でも父親に殺された男の子の名前をつけたオムの法が両院を通過し、知事の署名を待っている。モンタナ州、ニューヨーク州、メリーランド州、イリノイ州などでも、ケイデン法を発展させた法律の審議が続いている。

 

父親権利団体

Rosen&Gibbsによる研究によれば、共同親権や共同養育制度は父親権利団体の影響が大きいとされている。彼らの主張の核心は、家庭裁判所が親権を決定する際に、母親を優遇し、父親に偏見があるということだ。また、彼らは暴力的な又は精神的な問題を抱える元妻がでっち上げたDVの被害者とされ、子どもから故意に疎外され、離婚後に不公平に高額な養育費を負担させられていると憤慨してきた。そのため、彼らは形式的な男女平等を謳いながら、別離後の共同親権や共同養育制度を導入することに専念していた。しかし、これは本気で子どもを共同で育てることに関心があるわけではなく、むしろドメスティックアビューズを過小評価させ、元の家族に対する権限や支配権を再び得ること、そして養育費の負担を削減することを求めていると分析されている。

ドメスティックアビューズは不平等な力関係が大きく影響しているため、形式的な男女平等を謳った共同親権や共同養育には最も不向きな制度なのだ。これらの元カップルに共同親権や共同養育を強制すれば、離婚の腹いせによる虐待が被害者親子にさらに及ぶ可能性がある。離婚後の親権や面会等の取り決めは過去から現在までの話を聞き取り慎重に判断されるべきだ。しかしケイデンも他の子どもたちも、親が子どもを育てる権利や親責任を平等に配分しようとする制度の被害者になってしまった。このような親子への不当な扱いや不正義に対する怒りが、常識的なケイデン法の成立に繋がった。ケイデン法は特別なことを述べているわけではなく、これまでの実務を改善しようとしているだけだ。Alsalem国連特別顧問が出した2023年に出した声明によれば、これはアメリカだけの問題ではなくもはやグローバルな問題で、日本も例外ではない。共同親権や共同養育は公平性や家族の統合といった価値観を利用しながら、現在は父親の権利を強化する制度となり、ドメスティックアビューズの被害者母子を圧迫し、危険に晒しているのである。

 

(参考資料)

Alsalem, R. (2023). Statement by REEM ALSALEM SPECIAL RAPPORTEUR ON VIOLENCE AGAINST WOMEN AND GIRLS.

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