書籍紹介

離別後の親子関係を問い直す 子どもの福祉と家事実務の架け橋をめざして

小川富之・ 高橋睦子・ 立石直子編 『離別後の親子関係を問い直す 子どもの福祉と家事実務の架け橋をめざして』の紹介です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【内容】

離別後の親子関係は、「子の利益」となっているか。子の発達の課題やリスクを心理学・脳科学・乳幼児精神保健等の知見をもとに精査し、親子の交流を推進する昨今の家事紛争に法学と実務の立場から検証・提言。

 

【はしがき】

はしがき
日本では、近年、離婚後の子どもと別居親の交流に関心が高まっている。離婚に際して、父母が子どもの養育について協議する事項として、子どもと同居して養育する親(監護者)に加え、養育費と面会交流が明示され、両親は、子どもの最善の利益を尊重しつつ、これらについて協議することとされている。離婚後も子どもが双方の親と人間関係と交流を維持することで子の適応が高まるという期待のもとに、家族法学の研究においては、離婚後の子どもと別居親の関わりについての議論が盛んである。また、家庭裁判所での司法実務においても、子どもと別居親との面会交流の促進には積極的である。


 面会交流のメリットについての議論では、子どもの養育や親子関係の維持について、両親が離婚後も引き続き共同で取り組むことを基本的な理念として、離婚後の「あるべき家族像」が論じられている。 父母のパートナー関係が破綻していても、子どもの最善のために、大人らしく「親として適切」な言動がなされることを前提として、子どもの養育に関する父母間の協議が求められる。
別居親には面会が認められ、同居親には子の面会を受忍しその実現に協力する義務が設定される。 しかし、「子どもの別居親との関わり」では、別居親の望みは賛同・支持が得られやすい一方、同居親は別居親の望みをかなえることが義務として課されるという、非対称な構造についての問題提起はほとんど聞かれない。
 

 また現実にも、離婚前後の親たちはどの程度、子どもの養育や面会交流について冷静に話し合えているのだろうか。子どもとの面会を求める別居親は皆、面会の場面や面会をめぐって、「親として適切」な言動、振る舞いをするという推定が所与の前提とされがちである。
離婚する家族にこの「あるべき家族像」は一律にあてはまるだろうか。

結婚の枠組みでの共同生活を続けられなくなった父母が、「あるべき家族像」の理念に添うように、協議によって子の最善に適う解決を常に見いだせるだろうか。父母間では協議できず、紛争の解決を裁判所に持ち込むような状況において、親子関係の交流・維持を推進し「あるべき家族像」に近付けるようにすることで、現実の紛争について適切な解決を導き、肝心の子どもの安全を守れるだろうか。

 日本の制度のもとで、家族による話し合いが順調に進まない、困難をかかえる離婚について調整役を担う主な専門家は(福祉セクターではなく)司法・家庭裁判所(裁判官、調査官、調停委員)や弁護士たちである。したがって、家庭裁判所には、高葛藤事案が高い確率で持ち込まれる。その司法において面会交流の促進が主流化されていることは、高葛藤事案での面会交流をめぐる紛争の解決
においても、面会交流の促進へと方向づける。
 さらに、高葛藤事案にせよ、高葛藤が顕在化しない事案にせよ、一体どれほどDV・虐待があるのだろうか。 日本の離婚の 9 割程度を占める協議離婚についても、高葛藤事案についても、DV・虐待の実態は十分に把握されていない。全体像の把握もままならい状況下で、専門家・実務家たちの問題認識、つまり、DV・虐待そのものの問題の理解度にも大きなばらつきがある。DV・虐待の本質ともいえる強制的な「支配とコントロール」が離婚前からパートナー関係・家族関係に影を落としてきた場合には、面会交流の制度は離婚後もそのコントロールを維持する手段になりうるリスクがある。

 DV・虐待についての専門家の感度が低ければ、重篤なDV・虐待が絡む事案であっても被害者側の声は必ずしも傾聴されない。 むしろ「子どものため」には、大人の事情やニーズを制限してでも、親子関係の維持が最優先される可能性がある。理念、規範そして現実に向き合う実務の現場は、専門領域のベクトル(方向性)に整合性がなければ、流動的な家族関係の調整や子の最善の達成は実現困難な夢に終わる。少なくとも、子どもの健全な安定的発達にとって破壊的な悪夢は避けなければならない。

 日本では別居親からの面会交流の申立件数が2000年代に入って急増している。しかし面会交流について別居親が強く積極的に要求し裁判も辞さないまでになったという社会現象そのものをどう解釈するか、十分に議論や分析が深まっているとはいえない。ジェンダー平等と子どもの発達の関連についての理解がなければ、面会交流における同居親と別居親の非対称性の問題も看過される。


 近年、裁判所の面会交流に対する姿勢は、子どもの安定的な養育環境の維持から、別居親との面会交流を積極的に促進する方向性へ急旋回している。離婚後に、一方の親と同居し養育されている子どもにとって、別居親との関わりを増進することが常に子どもにとっての最善なのかという点も、議論は深められてはいない。それでも、日本の法制度を改正するべきだという議論や家庭裁判所の面会交流の処理実務は、急速に進んでいる。
 

 本書は、「子の最善の利益」の本来の主役である「子ども」の発達の課題やリスクを乳幼児精神保健、心理学、子どもの発達・脳神経研究の知見をもとに精査し、上述のような日本での展開、課題および展望について、法学と司法実務の見地から検証・考察するものである。

謝辞:本書は、JSPS科研費25301044の助成を受けた研究の成果報告の一部である。

 

編者を代表して
髙橋睦子